京都怨霊の歴史散歩A|陰陽師・安倍晴明と怨霊菅原道真・崇徳上皇
(2020年春先に散歩)
さて小松和彦さんの『重ね地図で読み解く京都の魔界』
「京都には、過去において、(略)怨霊や妖怪と戦うためにたくさんの寺院や神社を建立し・・」
なるほど京都に神社仏閣が多いのはこの理由か、お寺や神社が多い土地はそれだけ厳しい
歴史があり、救いを求める何かが必要だったと自分は理解していた。
京都の場合は怨霊と妖怪か・・・ちょっと次元が違う建立理由だ。
著作によると怨霊とは非業の死をとげた人が、その魂が天国へ行かず、人間界をさまよい
災いをもたらすと考えられた。
したがって大規模な災害や疫病のまん延は怨霊の仕業と公式に認定され
政治課題となり、これを鎮めるために公費をもって神社建立などおこなわれたのだ。
さて今回の散歩は阪急電車・烏丸駅からスタート。
カラスマと読むらしい・・・とても読めない。
マじゃなくてマルでしょーに(笑)
いきなり魅力的な建物と遭遇・・・今回の散歩のテーマは「怨霊と妖怪」だが
いくらでもテーマからの脱線はありだな。
六角堂。
聖徳太子が建立と伝わる。
そういうこと・・・まじで六角だ。
かみつくんだ・・・白鳥と女性には気をつけよう。。
変顔?
春がきたな。
ほ〜また辰野金吾の影響をうけたような・・・。
ちょっと脇道をみたら、おもしろい建築物がね〜。
中はいろんな店が入ってた。
クラフトビールのお店とかも、とってもいい雰囲気。
これもまた、何って虫籠窓がなんともおおきくて魅力的。
アンティークも凝ってるね、神は細部に宿る・・・。
「剣が重たいよ〜」
・・・笑いも忘れていない!?
現代版の隅丸建築だな・・・。
姉小路か藤原氏系の公家だな・・。
後白河法皇がここに住んで教科書で習った院政をしていた場所だとさ。
院政とは、天皇を退位して、別の天皇をおきながら、法皇が政治の実権を掌握することだ。
やべ、祝日でやってね〜か。
なんだこのマンション、隈研吾?
いろいろ歴史あるお店が並んでるわ。
さて、散歩を続けましょ。
この住所、レトロで最高だわ。
ボーロじゃない鐘馗さまよ。
京都御苑へ。
がお〜っ!!
まぁ昨年までだったらもっと大変な人数なんだろうけど。
怨霊の代表格・菅原道真を祭る天神さま。
「怨霊になった」なったというのは正確な表現ではない。
本人からすれば「怨霊に祭り上げられ、陰陽師に悪霊退散呼ばわりされ、
なぜか最後に勉強の神様という手のひら返し・・」。
勘弁してくれってところでは。
ちなみに菅原道真は845年生まれ。
宇多天皇の信任を得て右大臣に抜擢された。
国際情勢に明るく、遣唐使の廃止など提案。
藤原摂関家の藤原時平の讒訴を受けて大宰府に左遷。
その2年後に病死。
こんな顔だったのか(笑)
ちびまる子ちゃんにでてきそうなキャラだな。
顔入りかよ!
コマイノシシ。
(イメージ)
説明によると暗殺の可能性があるなか、イノシシがあらわれて護衛したそうだ。
神頼みのまえに、いい接骨院へいったほうがいい。
ここ数年の腰痛がなんと2週間でほぼ治った。
ここか一条戻り橋。
本日の怨霊関連の主要スポットだ、ただの橋にみえるが「魔界の中心地」by小松和彦氏
『撰集抄(せんじゅうしょう)』によると僧・浄蔵が父の発病をきいて駆けつけるも
間に合わず、この橋の上で父の葬送行列と対面・・・。
浄蔵が念仏を唱えると父は蘇生し、<戻った>のだ。
この近くに屋敷を構えるのあ安倍晴明だ。
晴明は式神を子分として使ったが、晴明の妻が式神の醜悪な姿を恐れたので
晴明が気をつかって、式神をこの橋の下に隠しておいたそうだ。
念のために確認したが、姿はみえなかった(笑)
晴明もこの橋で奇跡をおこした。
ライバル蘆屋道満の陰謀によって父が殺された。
晴明は鳥獣に食われ遺骸を前に蘇生の術をかけみごとに生き返った。
先ほどの一条戻橋から歩いてすぐ、晴明神社。
晴明桔梗紋といわれる五芒星紋(ごぼうせいもん)がなんとも。
どうみても?星だ、ということは天文学にあかるかったのか。
アイススケートの羽生結弦選手がくるそうで女子に人気とか。
これが安倍晴明。
陰陽師は陰陽五行説をベースに天体を読み、暦をつくり、祈祷、呪術を使う。
病気の治癒を祈願で治すのにも陰陽師の役割だ。
ある意味医者だな。
桃か・・・イザナギがイザナミ(妻)の追手に投げつけた<爆弾>だ。
それ以来桃は神聖なものとされてあちこちの神社でみるが、これはでかい。
銭湯か。
なるほど・・・。
シャレてるな〜。
妖怪ストリートを通ってと。
大分の唐揚げはうまいの〜500円の定食。
さて大将軍神社。
大将軍というと坂上田村麻呂とイメージするが、ここでいう大将軍とは
陰陽道における方角を司る神様のこと。
得意分野は、引っ越し、結婚、旅行などで、なんだかの物理的な移動関連の
安全・安心に力を発揮するとか。
北野天満宮・・・菅原道真を祭っている。
ん〜たしかに恨みはらしたる!と読めなくもない。
そのタイミングがきたら、敵を急襲せよ!
讒言をした藤原時平、醍醐天皇など相次いで亡くなり
都では洪水で疫病まん延・・・。
北野天満宮に隣接する東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)。
これは蜘蛛塚だ。巨大蜘蛛が都に出現し震撼させたそうだ。
平安中期の武将・源頼光は源氏伝来の宝刀・鬼切安綱でこれをみごとに成敗!
ちなみに鬼切安綱は北野天満宮が現在保管している。
土蜘蛛というが古事記などにでてくるらしい。
この場合朝廷にしたがわない地方豪族(妖怪ではない)を蔑称したもので
胴体が短く、手足が長いことを軽蔑をこめたものだ。
それが実際の妖怪に変化していった。
人は恐れると何か自分が知っている、もしくは想像できるなにか恐ろしいものに
みえるのかもしれない。
ちなみにこの蜘蛛の塚と同じ場所に、天皇の警護を担当した伴氏の廟所がある。
蜘蛛塚と同じ場所に天皇の側近の廟があるというのは何かふか〜い背景がありそう
だが、この深堀はまた今度にしよう。
逆光がきつい・・・。
器用な人がいるものだ・・。
なんじゃこれ、鐘馗さまをはじめ、桃もある。
重たそうだな・・・。
本日最後に訪れたのは白峯(しらみね)神宮だ。
崇徳上皇・・・この人物は怨念をもっていたかもしれない。
鳥羽天皇の第一子だが、鳥羽天皇は崇徳を嫌った。
気のせいか、サッカー色強っつ!まぁいいか、話の続きを・・・
・・自分の妻と父白河との密通の末できた子供だと鳥羽天皇が疑ったからだ。
こうなると韓国ドラマなみに先が読めない展開だ。
鳥羽天皇が退位して、崇徳天皇が誕生したが、鳥羽が上皇になり院政を行うと
崇徳天皇を早速対させ、弟・近衛が即位、23歳で隠居しろってどういうことよ!(怒)
近衛天皇が早世し、俺の出番と思いきや、後白河天皇就任!
鳥羽上皇が亡くなったのと同時に後白河天皇と直接対決となった
これが「保元の乱」。
が、あえなく惨敗し、讃岐に罪人として配流。
そこで亡くなった。白峯山に埋葬される際、空がにわかに暗くなり、雷鳴とどろき
棺から血がながれたという・・・ここまでくるとホラーだ。
これ以降、天皇家は崇徳の怨念を極度におそれるようになったという。
右近の桜(つぼみだけど)をみて今回の散歩はおしまい、おしまい。
さて、京都怨霊の歴史散歩Bは近々に。
さて小松和彦さんの『重ね地図で読み解く京都の魔界』
「京都には、過去において、(略)怨霊や妖怪と戦うためにたくさんの寺院や神社を建立し・・」
なるほど京都に神社仏閣が多いのはこの理由か、お寺や神社が多い土地はそれだけ厳しい
歴史があり、救いを求める何かが必要だったと自分は理解していた。
京都の場合は怨霊と妖怪か・・・ちょっと次元が違う建立理由だ。
著作によると怨霊とは非業の死をとげた人が、その魂が天国へ行かず、人間界をさまよい
災いをもたらすと考えられた。
したがって大規模な災害や疫病のまん延は怨霊の仕業と公式に認定され
政治課題となり、これを鎮めるために公費をもって神社建立などおこなわれたのだ。
さて今回の散歩は阪急電車・烏丸駅からスタート。
カラスマと読むらしい・・・とても読めない。
マじゃなくてマルでしょーに(笑)
いきなり魅力的な建物と遭遇・・・今回の散歩のテーマは「怨霊と妖怪」だが
いくらでもテーマからの脱線はありだな。
六角堂。
聖徳太子が建立と伝わる。
そういうこと・・・まじで六角だ。
かみつくんだ・・・白鳥と女性には気をつけよう。。
変顔?
春がきたな。
ほ〜また辰野金吾の影響をうけたような・・・。
ちょっと脇道をみたら、おもしろい建築物がね〜。
中はいろんな店が入ってた。
クラフトビールのお店とかも、とってもいい雰囲気。
これもまた、何って虫籠窓がなんともおおきくて魅力的。
アンティークも凝ってるね、神は細部に宿る・・・。
「剣が重たいよ〜」
・・・笑いも忘れていない!?
現代版の隅丸建築だな・・・。
姉小路か藤原氏系の公家だな・・。
後白河法皇がここに住んで教科書で習った院政をしていた場所だとさ。
院政とは、天皇を退位して、別の天皇をおきながら、法皇が政治の実権を掌握することだ。
やべ、祝日でやってね〜か。
なんだこのマンション、隈研吾?
いろいろ歴史あるお店が並んでるわ。
さて、散歩を続けましょ。
この住所、レトロで最高だわ。
ボーロじゃない鐘馗さまよ。
京都御苑へ。
がお〜っ!!
まぁ昨年までだったらもっと大変な人数なんだろうけど。
怨霊の代表格・菅原道真を祭る天神さま。
「怨霊になった」なったというのは正確な表現ではない。
本人からすれば「怨霊に祭り上げられ、陰陽師に悪霊退散呼ばわりされ、
なぜか最後に勉強の神様という手のひら返し・・」。
勘弁してくれってところでは。
ちなみに菅原道真は845年生まれ。
宇多天皇の信任を得て右大臣に抜擢された。
国際情勢に明るく、遣唐使の廃止など提案。
藤原摂関家の藤原時平の讒訴を受けて大宰府に左遷。
その2年後に病死。
こんな顔だったのか(笑)
ちびまる子ちゃんにでてきそうなキャラだな。
顔入りかよ!
コマイノシシ。
(イメージ)
説明によると暗殺の可能性があるなか、イノシシがあらわれて護衛したそうだ。
神頼みのまえに、いい接骨院へいったほうがいい。
ここ数年の腰痛がなんと2週間でほぼ治った。
ここか一条戻り橋。
本日の怨霊関連の主要スポットだ、ただの橋にみえるが「魔界の中心地」by小松和彦氏
『撰集抄(せんじゅうしょう)』によると僧・浄蔵が父の発病をきいて駆けつけるも
間に合わず、この橋の上で父の葬送行列と対面・・・。
浄蔵が念仏を唱えると父は蘇生し、<戻った>のだ。
この近くに屋敷を構えるのあ安倍晴明だ。
晴明は式神を子分として使ったが、晴明の妻が式神の醜悪な姿を恐れたので
晴明が気をつかって、式神をこの橋の下に隠しておいたそうだ。
念のために確認したが、姿はみえなかった(笑)
晴明もこの橋で奇跡をおこした。
ライバル蘆屋道満の陰謀によって父が殺された。
晴明は鳥獣に食われ遺骸を前に蘇生の術をかけみごとに生き返った。
先ほどの一条戻橋から歩いてすぐ、晴明神社。
晴明桔梗紋といわれる五芒星紋(ごぼうせいもん)がなんとも。
どうみても?星だ、ということは天文学にあかるかったのか。
アイススケートの羽生結弦選手がくるそうで女子に人気とか。
これが安倍晴明。
陰陽師は陰陽五行説をベースに天体を読み、暦をつくり、祈祷、呪術を使う。
病気の治癒を祈願で治すのにも陰陽師の役割だ。
ある意味医者だな。
桃か・・・イザナギがイザナミ(妻)の追手に投げつけた<爆弾>だ。
それ以来桃は神聖なものとされてあちこちの神社でみるが、これはでかい。
銭湯か。
なるほど・・・。
シャレてるな〜。
妖怪ストリートを通ってと。
大分の唐揚げはうまいの〜500円の定食。
さて大将軍神社。
大将軍というと坂上田村麻呂とイメージするが、ここでいう大将軍とは
陰陽道における方角を司る神様のこと。
得意分野は、引っ越し、結婚、旅行などで、なんだかの物理的な移動関連の
安全・安心に力を発揮するとか。
北野天満宮・・・菅原道真を祭っている。
ん〜たしかに恨みはらしたる!と読めなくもない。
そのタイミングがきたら、敵を急襲せよ!
讒言をした藤原時平、醍醐天皇など相次いで亡くなり
都では洪水で疫病まん延・・・。
北野天満宮に隣接する東向観音寺(ひがしむきかんのんじ)。
これは蜘蛛塚だ。巨大蜘蛛が都に出現し震撼させたそうだ。
平安中期の武将・源頼光は源氏伝来の宝刀・鬼切安綱でこれをみごとに成敗!
ちなみに鬼切安綱は北野天満宮が現在保管している。
土蜘蛛というが古事記などにでてくるらしい。
この場合朝廷にしたがわない地方豪族(妖怪ではない)を蔑称したもので
胴体が短く、手足が長いことを軽蔑をこめたものだ。
それが実際の妖怪に変化していった。
人は恐れると何か自分が知っている、もしくは想像できるなにか恐ろしいものに
みえるのかもしれない。
ちなみにこの蜘蛛の塚と同じ場所に、天皇の警護を担当した伴氏の廟所がある。
蜘蛛塚と同じ場所に天皇の側近の廟があるというのは何かふか〜い背景がありそう
だが、この深堀はまた今度にしよう。
逆光がきつい・・・。
器用な人がいるものだ・・。
なんじゃこれ、鐘馗さまをはじめ、桃もある。
重たそうだな・・・。
本日最後に訪れたのは白峯(しらみね)神宮だ。
崇徳上皇・・・この人物は怨念をもっていたかもしれない。
鳥羽天皇の第一子だが、鳥羽天皇は崇徳を嫌った。
気のせいか、サッカー色強っつ!まぁいいか、話の続きを・・・
・・自分の妻と父白河との密通の末できた子供だと鳥羽天皇が疑ったからだ。
こうなると韓国ドラマなみに先が読めない展開だ。
鳥羽天皇が退位して、崇徳天皇が誕生したが、鳥羽が上皇になり院政を行うと
崇徳天皇を早速対させ、弟・近衛が即位、23歳で隠居しろってどういうことよ!(怒)
近衛天皇が早世し、俺の出番と思いきや、後白河天皇就任!
鳥羽上皇が亡くなったのと同時に後白河天皇と直接対決となった
これが「保元の乱」。
が、あえなく惨敗し、讃岐に罪人として配流。
そこで亡くなった。白峯山に埋葬される際、空がにわかに暗くなり、雷鳴とどろき
棺から血がながれたという・・・ここまでくるとホラーだ。
これ以降、天皇家は崇徳の怨念を極度におそれるようになったという。
右近の桜(つぼみだけど)をみて今回の散歩はおしまい、おしまい。
さて、京都怨霊の歴史散歩Bは近々に。
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