亀岡を散歩|麒麟がくる明智光秀の亀山城を散歩なんと信長の供養塔
(2020年1月に散歩)
『迷宮の日本史あの人の足どり』歴史の謎研究会
明智光秀が本能寺にどういうルートでたどり着いたのか
そのことが散歩後調べたがなかなかわからなかった。
webはどれも断片的、不足、不正確、適当にみえる。
この本は文献の検証がしっかりしていて説得力があった。
京都駅をJRに北西方向へ、車窓の風景はなかなかいい。
ところで主人公が個性的だと面白くなる・・率直にいえば変人だと面白くなる。
<バス旅>では蛭子さん、<正直散歩>では有吉さん、<ビブリア古書店の事件手帖>では栞子、
<舟を編む>では馬締(まじめ)さん・・<麒麟がくる>では斎藤道三、あれ!?主役は明智では?
東野をバス旅のレギュラーにしてくれないかな〜。
今のメンバーはただのいやなタイプだな・・。
亀岡駅に到着、そう今年のNHK大河<麒麟がくる>の明智光秀の拠点として
知られる街をつむ散歩というわけ。
駅前はこんな感じか・・・すぐ正面に明智光秀の亀山城がみえる。
亀岡にある亀山城だ、ちょっとめんどくさい。
明智光秀は坂本城、亀岡城とここからさらに北西にすすんだ福知山かな.
明智光秀ってこんな顔してたのか・・・。
なにか迷っているというか、悩んでいるような顔ですな。
まぁ気分爽快の顔をされててもどうかと思うが・・。
それと服装が正装か・・・武装ではないのか。
ここは丹波を攻める拠点の城だからな・・坂本城跡にある光秀像は武装した像となっている。
堀はけっこう大きいな・・・。
お〜麒麟がくるの旗が・・明智光秀役は長谷川博己さんが個人的にはやってほしくなかった。
『八重の桜』で新島八重の最初の夫役のイメージが壊れてしまう。
大河は人勢不足なのかな・・・同じ人がよくでてくる。
ひどいときは、幕府側だったのに次は長州・・・おいおい、勘弁してくれよ。
さて、明智光秀の亀山城に入城だ。
6月01日16時 亀山城から出陣した明智軍は播磨方面へ南下せず京都本能寺へ向かうことになる。
6月02日04時 本能寺を襲撃
6月13日 山崎の戦い
これだけみて???と思った、おかしい。
亀山から本能寺までは20kmくらい、時間がかかりすぎだ。
記録に残っているのは下記3つ。
@、Aでは説明がつかない。
@『信長公記』大田牛一(信長側近)
亀山城→老ノ坂→沓掛(くつかけ)→桂川→本能寺
A『川角太閤記』豊臣秀次の家臣・川角三郎右衛門
亀山城→老ノ坂→谷の堂→峯の堂→沓掛→桂川→本能寺
ところが、後に下記が世に出た。
B『明智軍記』作者不明・江戸元禄時代
3隊にわかれて本能寺へ
・明智光秀本体 亀山城→保津→嵯峨野
・明智秀満 亀山城→丹波街道
・明智右衛門 亀山城→老ノ坂手前の王子→嵐山
亀山城出陣と本能寺襲撃時間は記録があり正確だとすると
光秀本隊が保津峠をこえて嵐山・嵯峨野方面に抜けたルートをとると
休憩もいれて12時間は妥当だそうだ。
秀満、右衛門隊は時差をつけて出発したのかもしれない。
3隊は桂側を渡ったところで合流し、「敵は本能寺にあり!」なった。
@、A、Bともに著者が直接隊に参加していたわけではない。
だが、記録にはないがBの保津などでは伝承で<明智超え>という言葉が残っている。
わざわざ軍隊が通る道ではないので、珍しいのでそういわれたか。
★『迷宮の日本史あの人の足どり』歴史の謎研究会編の見解をベースとしています。
内堀があってこれを越えたところに本丸があったようだ。
現在は何か宗教団体の拠点になっているのかな・・・。
戦争時代はこのあたりに軍隊の本営があったそうだ。
さて、明智光秀の城下町を散歩しましょ。
で、なんでH商店街???
ここが亀山城の城下町のメインストリートってところかな。
メインストリートから左右にこういう路地がはしっている。
それぞれの通りに名前がついてるところがとってもおしゃれ。
お〜いるいる。
称名寺・薬医門。
増上寺で修行されたお坊さんがここで。
和泉式部の墓!こんな偶然が。
和泉式部は佐賀県の山奥出身で・・あれも驚いたが
だって京の風流なイメージがあったのに佐賀の・・・おっと失礼。
ちなみに和泉式部の生誕地・墓所は各地にあり、よくわかっていない。
まぁ1000年も前の人だししかたがない。
でも全国規模の人気者であったことは間違いないようだ。
和泉式部は歌人だった。
歌はラブレターになることが多い、メッセージだ。
天皇の第三王子との熱愛が発覚するなど恋多き女性だったのか。
亀?
古い街があたり前にみえる・・・。
小早川秀秋がつくった寺で、織田信長の供養塔がある??
明智光秀の拠点に?どういうこと?
このお寺。
あった織田信長の供養塔だ。
しかし墓地をぐるぐる歩き回るのも慣れてきたな。
まぁ東京で著名人の墓巡りをしてたからな。
明智光秀が死んだとこの亀岡は豊臣の重臣が治めたのが、なんとその一人に
信長からの養子がいたそうで、その子がここに父の供養塔をつくったそうだ。
本能寺の変が1582年・・・
その後あの小早川秀秋が亀山城主になっているのだ。
1592年に自身の息子の菩提を弔うためにお寺を再建したのかな・・。
壁に穴が開いているが、有事の際の狭間だそうだ。
楽な生き方という選択肢あるかな〜。
サラリーマンはきびしい、今はどこもぎりぎりの人員しかいないような気がする。
バカボンみたいな口だな、そしてはねた髪形にみえる。
街のあちこちに山車がある、どれくらい?
・・・あるある(笑)
この通りを散歩してみるか。
親戚のおじさんがいっていたけど、朝起きてこんな感じだそうだ。
おじさんは加速度的に体が弱っていくっていってた。
1年で2年分年をとった感じって、おじさん表現力あるな〜。
このお寺にもよってみるか、気が付かなかったけど、写真でみると
面白い寺紋だな。
このあたりにはおもしろい瓦職人がいたのでは?ライオン風か。
こういうふうに突き当りにお寺があるのいいよね〜
何がって?それは言わない、感じてくれ。
内容?興味ない。
ただただ字がくせがあるな〜っと思って。
さて、明智光秀の城下町散歩を。
ちょっと陽がさしてきたか。
おっと、いいね〜やっぱり陽がさすと。
韓国の著名な映画監督は天気と主人公の心情が連動していると話していた。
そういえば『死神の精度』という映画で、死神は晴れをみたことがない雨男だった。
最後に陽が差す風景を彼はみることになる、そうだ彼のこころに変化がおきたのだ。
伊坂幸太郎さん原作、是非見てない方は!
おっと城下町っぽいクランクだ、今は車のスピード出しすぎ防止に役立っているか。
旅籠町か、そのままだね。
丹山酒造で酒かすを買って、今夜は甘酒だな。
城下町で地元のお米と名水をつかったお酒を買って帰るのは楽しみの一つ・・・。
ただ、つくる量がすくないのでどうしても高い(味と比例式ではない・・・おっと失礼)。
そこで目安として720mlで1500円を越えない場合は買ってもいいかなと思ってる。
日本酒は磨けば磨くほど雑味がなくなりおいしいとされる、つまり精米歩合いよる。
自分は純米酒くらいがちょうどいいと思っている、お米感もあるし、価格も1500円くらいでおいしい。
それと日本酒でこだわりがあって醸造アルコールがはいっていないこと。
醸造アルコール度数の調整やかさを増すために追加されるそうだ。
飲み比べてわかるほどの通ではないが、お米と麹、水だけでつくった純米酒がいい。
個人的な見解だけどね〜。
さて、まだ時間はある嵐山へいくか。
『迷宮の日本史あの人の足どり』歴史の謎研究会
明智光秀が本能寺にどういうルートでたどり着いたのか
そのことが散歩後調べたがなかなかわからなかった。
webはどれも断片的、不足、不正確、適当にみえる。
この本は文献の検証がしっかりしていて説得力があった。
京都駅をJRに北西方向へ、車窓の風景はなかなかいい。
ところで主人公が個性的だと面白くなる・・率直にいえば変人だと面白くなる。
<バス旅>では蛭子さん、<正直散歩>では有吉さん、<ビブリア古書店の事件手帖>では栞子、
<舟を編む>では馬締(まじめ)さん・・<麒麟がくる>では斎藤道三、あれ!?主役は明智では?
東野をバス旅のレギュラーにしてくれないかな〜。
今のメンバーはただのいやなタイプだな・・。
亀岡駅に到着、そう今年のNHK大河<麒麟がくる>の明智光秀の拠点として
知られる街をつむ散歩というわけ。
駅前はこんな感じか・・・すぐ正面に明智光秀の亀山城がみえる。
亀岡にある亀山城だ、ちょっとめんどくさい。
明智光秀は坂本城、亀岡城とここからさらに北西にすすんだ福知山かな.
明智光秀ってこんな顔してたのか・・・。
なにか迷っているというか、悩んでいるような顔ですな。
まぁ気分爽快の顔をされててもどうかと思うが・・。
それと服装が正装か・・・武装ではないのか。
ここは丹波を攻める拠点の城だからな・・坂本城跡にある光秀像は武装した像となっている。
堀はけっこう大きいな・・・。
お〜麒麟がくるの旗が・・明智光秀役は長谷川博己さんが個人的にはやってほしくなかった。
『八重の桜』で新島八重の最初の夫役のイメージが壊れてしまう。
大河は人勢不足なのかな・・・同じ人がよくでてくる。
ひどいときは、幕府側だったのに次は長州・・・おいおい、勘弁してくれよ。
さて、明智光秀の亀山城に入城だ。
6月01日16時 亀山城から出陣した明智軍は播磨方面へ南下せず京都本能寺へ向かうことになる。
6月02日04時 本能寺を襲撃
6月13日 山崎の戦い
これだけみて???と思った、おかしい。
亀山から本能寺までは20kmくらい、時間がかかりすぎだ。
記録に残っているのは下記3つ。
@、Aでは説明がつかない。
@『信長公記』大田牛一(信長側近)
亀山城→老ノ坂→沓掛(くつかけ)→桂川→本能寺
A『川角太閤記』豊臣秀次の家臣・川角三郎右衛門
亀山城→老ノ坂→谷の堂→峯の堂→沓掛→桂川→本能寺
ところが、後に下記が世に出た。
B『明智軍記』作者不明・江戸元禄時代
3隊にわかれて本能寺へ
・明智光秀本体 亀山城→保津→嵯峨野
・明智秀満 亀山城→丹波街道
・明智右衛門 亀山城→老ノ坂手前の王子→嵐山
亀山城出陣と本能寺襲撃時間は記録があり正確だとすると
光秀本隊が保津峠をこえて嵐山・嵯峨野方面に抜けたルートをとると
休憩もいれて12時間は妥当だそうだ。
秀満、右衛門隊は時差をつけて出発したのかもしれない。
3隊は桂側を渡ったところで合流し、「敵は本能寺にあり!」なった。
@、A、Bともに著者が直接隊に参加していたわけではない。
だが、記録にはないがBの保津などでは伝承で<明智超え>という言葉が残っている。
わざわざ軍隊が通る道ではないので、珍しいのでそういわれたか。
★『迷宮の日本史あの人の足どり』歴史の謎研究会編の見解をベースとしています。
内堀があってこれを越えたところに本丸があったようだ。
現在は何か宗教団体の拠点になっているのかな・・・。
戦争時代はこのあたりに軍隊の本営があったそうだ。
さて、明智光秀の城下町を散歩しましょ。
で、なんでH商店街???
ここが亀山城の城下町のメインストリートってところかな。
メインストリートから左右にこういう路地がはしっている。
それぞれの通りに名前がついてるところがとってもおしゃれ。
お〜いるいる。
称名寺・薬医門。
増上寺で修行されたお坊さんがここで。
和泉式部の墓!こんな偶然が。
和泉式部は佐賀県の山奥出身で・・あれも驚いたが
だって京の風流なイメージがあったのに佐賀の・・・おっと失礼。
ちなみに和泉式部の生誕地・墓所は各地にあり、よくわかっていない。
まぁ1000年も前の人だししかたがない。
でも全国規模の人気者であったことは間違いないようだ。
和泉式部は歌人だった。
歌はラブレターになることが多い、メッセージだ。
天皇の第三王子との熱愛が発覚するなど恋多き女性だったのか。
亀?
古い街があたり前にみえる・・・。
小早川秀秋がつくった寺で、織田信長の供養塔がある??
明智光秀の拠点に?どういうこと?
このお寺。
あった織田信長の供養塔だ。
しかし墓地をぐるぐる歩き回るのも慣れてきたな。
まぁ東京で著名人の墓巡りをしてたからな。
明智光秀が死んだとこの亀岡は豊臣の重臣が治めたのが、なんとその一人に
信長からの養子がいたそうで、その子がここに父の供養塔をつくったそうだ。
本能寺の変が1582年・・・
その後あの小早川秀秋が亀山城主になっているのだ。
1592年に自身の息子の菩提を弔うためにお寺を再建したのかな・・。
壁に穴が開いているが、有事の際の狭間だそうだ。
楽な生き方という選択肢あるかな〜。
サラリーマンはきびしい、今はどこもぎりぎりの人員しかいないような気がする。
バカボンみたいな口だな、そしてはねた髪形にみえる。
街のあちこちに山車がある、どれくらい?
・・・あるある(笑)
この通りを散歩してみるか。
親戚のおじさんがいっていたけど、朝起きてこんな感じだそうだ。
おじさんは加速度的に体が弱っていくっていってた。
1年で2年分年をとった感じって、おじさん表現力あるな〜。
このお寺にもよってみるか、気が付かなかったけど、写真でみると
面白い寺紋だな。
このあたりにはおもしろい瓦職人がいたのでは?ライオン風か。
こういうふうに突き当りにお寺があるのいいよね〜
何がって?それは言わない、感じてくれ。
内容?興味ない。
ただただ字がくせがあるな〜っと思って。
さて、明智光秀の城下町散歩を。
ちょっと陽がさしてきたか。
おっと、いいね〜やっぱり陽がさすと。
韓国の著名な映画監督は天気と主人公の心情が連動していると話していた。
そういえば『死神の精度』という映画で、死神は晴れをみたことがない雨男だった。
最後に陽が差す風景を彼はみることになる、そうだ彼のこころに変化がおきたのだ。
伊坂幸太郎さん原作、是非見てない方は!
おっと城下町っぽいクランクだ、今は車のスピード出しすぎ防止に役立っているか。
旅籠町か、そのままだね。
丹山酒造で酒かすを買って、今夜は甘酒だな。
城下町で地元のお米と名水をつかったお酒を買って帰るのは楽しみの一つ・・・。
ただ、つくる量がすくないのでどうしても高い(味と比例式ではない・・・おっと失礼)。
そこで目安として720mlで1500円を越えない場合は買ってもいいかなと思ってる。
日本酒は磨けば磨くほど雑味がなくなりおいしいとされる、つまり精米歩合いよる。
自分は純米酒くらいがちょうどいいと思っている、お米感もあるし、価格も1500円くらいでおいしい。
それと日本酒でこだわりがあって醸造アルコールがはいっていないこと。
醸造アルコール度数の調整やかさを増すために追加されるそうだ。
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