久留里を散歩
(2017年5月に散歩)
君津の散歩から、JR久留里線で、久留里へ。
なかなかいい時間だ。
久留里の街はどんな街なのか。
散歩が楽しみだ。
JR久留里線です、ローカル感ありますよね。
このあたりの地名はなにか個性的だ、久留里(くるり)ですよ。
調べると平将門の時代かららしい。
生き仏様が久しく留まられた里・・というお告げがあったとか。
駅舎を離れてとりました。
なーんもないね。
杉良太郎って亡くなったっけ・・・。
駅近くにあった観光案内所です。
てっちゃん喜びそうだね。
久留里の商店街です。
なかなか面白いですな。
久留里を検索するとだいたいこの風景がでてきます。
この先1〜2kmいった山の上に久留里城跡があります。
→久留里城祭り
蔵がある街はいい街です。
個人的な見解です。
久留里の交差点。
道路がせまくて歩くのは危ない。
車が壁ぎりぎり・・・残念な街だ。
おっと新井白石のお宅跡へ。
となりの奇妙なものは、給水機っていうのかな、湧水があちこちから噴き出しているらしく。
ここか・・・まぁ来たということで。
散歩を続けよう。
新井白石の説明はこちらをご覧ください。
ちょと気になることが、写真は個人情報にかかわるので取りませんでしたが
この前にある家の表札が「白石(しらいし?)」となってました。
これって偶然かしら・・・。
武家屋敷の雰囲気ありありですな。
鹿児島の出水の風景に似ている。
ちょっと遠いですが、猫ちゃん。
みたことね〜人が歩いてるって思ってるっぽい・・・。
美味そうだな〜。
お寺の山門を上がってきました。
あじさいの季節はもうすぐですな。
円如寺です。
ホームページによると開創は應永2年(西暦1395)と伝えられており、
江戸時代には久留里城主黒田公の祈願所でありました。
本尊は大日如来。また薬師堂には、病気平癒の仏様・薬師如来もいらっしゃいます。
あち〜サングラス日和。
最近笑いヨガっていうのがあるらしいね。
近所からクレームきたとか(笑)
新聞記事になってた。
下りよう、あれ、こっちがメインストリートだったか。
どうやらさっきは車用道路だったらしい。
なかなか面白いポスターで。
たまには俗世をはなれて仏様へ会うのもいいかもね。
都内を通勤していると人身事故で朝から電車が止まる。
命をたってしまいたい心境ってどんなものなのか。
命の尊さをどうこうはいえないが、いろいろなものをみれば
違った生き方もあるとわかるような気がするが。
さて、すこし散歩して円覚寺です。
豪華ではないけど、いい雰囲気がある門でしょ〜(^^)
円覚寺は慶長9年(1604年)土屋惣蔵昌恒の子土屋忠直が開基です。
土屋氏は武田信玄の家臣となり、勝頼の滅亡までつかえています。
その後、徳川に召し抱えられました。
新井白石は、土屋氏の家臣ですな。
円覚寺は今、無住職です。
朽ちていくばかりです。
土屋氏は意外なところで歴史上登場します。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りです。
吉良邸の隣の屋敷が土屋家の江戸屋敷。
騒動に気がついた土屋氏に、赤穂浪士が本懐を遂げさせてくれと・・。
土屋氏は騒動を黙殺し、さらに吉良邸を照らすように灯籠をあげたとか。
古地図をみると確かに赤枠吉良邸のとなりが土屋。
そこ階段ですけど、どいてもらえます?
本堂はすっかり朽ちてしまってました。
ちょっと怖かったけど裏にまわってみるとありました、土屋家のお墓です。
地元のスーパーにはいってみました、水がほしくて、あぶないあぶない。
流石、地元でとれた魚がいっぱい、いいよな〜。
あん、カキ氷?
お〜機械ね。
あれを回すんだよね〜。
酒造か、美味しい水があるところに酒造ありですね。
広島に首都ではなく、酒都がありますが、日本酒にあった水質があるそうで。
ただきれいなだけではなく、軟水だったか、硬水だったか。
さて、散歩しますか、城跡まで。
ここか。
お〜冷たい( ^^) /ヤッホ
げ、山城か。
ちなみにみえているのは山頂ではありません。
新井白石って、物静かな学者風情かとおもっていたけど
かなりビックマウスっぽいな・・・。
かなり登ってきた。
博物館を見学して、お城に向かいましょう
やっとつきました。
この山城は井戸があり水を確保できたようだ。
籠城戦もいけそうだ。
写真はかなりの抜粋なのでわからないと思うけど
とても実践的な山城だ。
里見氏は関東の覇者を目指す小田原北条氏と対立、
一時期はこの城も陥落したが、上杉と同盟して北条を追っ払った。
てか、上杉は新潟からここまで遠征かよ、すげ〜な。
なお里見氏は、小田原攻めに遅参して秀吉の怒りをかった。
この城はその後徳川時代に大須賀へ。
ところで里見氏は、そうあの「里見八犬伝」のモデルになった里見。
江戸時代に滝沢馬琴という作家が「南総里見八犬伝」を出版
大流行したのだ。映画主演の薬師丸ひろ子のサインとかどっかにないかな〜。
さて駅へ向かおう。
さて、酒造によりますか。
家に帰っていただきました。
日本酒の熱処理していない原酒というのはなかなかネットなどでは販売されてない。
でも、日本酒でうまみを感じるには原酒が最高だ。
いいね〜、存在感ありまよ。
街の中心です。
松ぼっくるり?
いい仕事してますね。
パンにはうるさいのですが、このパンはうまいです。
電車はしばらく来ない・・まぁ一休み一休み、よくあることだ。
そうだ、パンを\(◎o◎)/
お〜右の人最近捕まったよね!
すっかりおじいちゃんだった。
千葉県警もなかなかユーモアだな。
きたきた、つむっちも渡るべ。
アドバイザー砂糖さんへのサービスショット(笑)
さて、家に着くのは何時になるのか、まぁいいでしょう。
のんびり帰ろう。
君津の散歩から、JR久留里線で、久留里へ。
なかなかいい時間だ。
久留里の街はどんな街なのか。
散歩が楽しみだ。
JR久留里線です、ローカル感ありますよね。
このあたりの地名はなにか個性的だ、久留里(くるり)ですよ。
調べると平将門の時代かららしい。
生き仏様が久しく留まられた里・・というお告げがあったとか。
駅舎を離れてとりました。
なーんもないね。
杉良太郎って亡くなったっけ・・・。
駅近くにあった観光案内所です。
てっちゃん喜びそうだね。
久留里の商店街です。
なかなか面白いですな。
久留里を検索するとだいたいこの風景がでてきます。
この先1〜2kmいった山の上に久留里城跡があります。
→久留里城祭り
蔵がある街はいい街です。
個人的な見解です。
久留里の交差点。
道路がせまくて歩くのは危ない。
車が壁ぎりぎり・・・残念な街だ。
おっと新井白石のお宅跡へ。
となりの奇妙なものは、給水機っていうのかな、湧水があちこちから噴き出しているらしく。
ここか・・・まぁ来たということで。
散歩を続けよう。
新井白石の説明はこちらをご覧ください。
ちょと気になることが、写真は個人情報にかかわるので取りませんでしたが
この前にある家の表札が「白石(しらいし?)」となってました。
これって偶然かしら・・・。
武家屋敷の雰囲気ありありですな。
鹿児島の出水の風景に似ている。
ちょっと遠いですが、猫ちゃん。
みたことね〜人が歩いてるって思ってるっぽい・・・。
美味そうだな〜。
お寺の山門を上がってきました。
あじさいの季節はもうすぐですな。
円如寺です。
ホームページによると開創は應永2年(西暦1395)と伝えられており、
江戸時代には久留里城主黒田公の祈願所でありました。
本尊は大日如来。また薬師堂には、病気平癒の仏様・薬師如来もいらっしゃいます。
あち〜サングラス日和。
最近笑いヨガっていうのがあるらしいね。
近所からクレームきたとか(笑)
新聞記事になってた。
下りよう、あれ、こっちがメインストリートだったか。
どうやらさっきは車用道路だったらしい。
なかなか面白いポスターで。
たまには俗世をはなれて仏様へ会うのもいいかもね。
都内を通勤していると人身事故で朝から電車が止まる。
命をたってしまいたい心境ってどんなものなのか。
命の尊さをどうこうはいえないが、いろいろなものをみれば
違った生き方もあるとわかるような気がするが。
さて、すこし散歩して円覚寺です。
豪華ではないけど、いい雰囲気がある門でしょ〜(^^)
円覚寺は慶長9年(1604年)土屋惣蔵昌恒の子土屋忠直が開基です。
土屋氏は武田信玄の家臣となり、勝頼の滅亡までつかえています。
その後、徳川に召し抱えられました。
新井白石は、土屋氏の家臣ですな。
円覚寺は今、無住職です。
朽ちていくばかりです。
土屋氏は意外なところで歴史上登場します。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りです。
吉良邸の隣の屋敷が土屋家の江戸屋敷。
騒動に気がついた土屋氏に、赤穂浪士が本懐を遂げさせてくれと・・。
土屋氏は騒動を黙殺し、さらに吉良邸を照らすように灯籠をあげたとか。
古地図をみると確かに赤枠吉良邸のとなりが土屋。
そこ階段ですけど、どいてもらえます?
本堂はすっかり朽ちてしまってました。
ちょっと怖かったけど裏にまわってみるとありました、土屋家のお墓です。
地元のスーパーにはいってみました、水がほしくて、あぶないあぶない。
流石、地元でとれた魚がいっぱい、いいよな〜。
あん、カキ氷?
お〜機械ね。
あれを回すんだよね〜。
酒造か、美味しい水があるところに酒造ありですね。
広島に首都ではなく、酒都がありますが、日本酒にあった水質があるそうで。
ただきれいなだけではなく、軟水だったか、硬水だったか。
さて、散歩しますか、城跡まで。
ここか。
お〜冷たい( ^^) /ヤッホ
げ、山城か。
ちなみにみえているのは山頂ではありません。
新井白石って、物静かな学者風情かとおもっていたけど
かなりビックマウスっぽいな・・・。
かなり登ってきた。
博物館を見学して、お城に向かいましょう
やっとつきました。
この山城は井戸があり水を確保できたようだ。
籠城戦もいけそうだ。
写真はかなりの抜粋なのでわからないと思うけど
とても実践的な山城だ。
里見氏は関東の覇者を目指す小田原北条氏と対立、
一時期はこの城も陥落したが、上杉と同盟して北条を追っ払った。
てか、上杉は新潟からここまで遠征かよ、すげ〜な。
なお里見氏は、小田原攻めに遅参して秀吉の怒りをかった。
この城はその後徳川時代に大須賀へ。
ところで里見氏は、そうあの「里見八犬伝」のモデルになった里見。
江戸時代に滝沢馬琴という作家が「南総里見八犬伝」を出版
大流行したのだ。映画主演の薬師丸ひろ子のサインとかどっかにないかな〜。
さて駅へ向かおう。
さて、酒造によりますか。
家に帰っていただきました。
日本酒の熱処理していない原酒というのはなかなかネットなどでは販売されてない。
でも、日本酒でうまみを感じるには原酒が最高だ。
いいね〜、存在感ありまよ。
街の中心です。
松ぼっくるり?
いい仕事してますね。
パンにはうるさいのですが、このパンはうまいです。
電車はしばらく来ない・・まぁ一休み一休み、よくあることだ。
そうだ、パンを\(◎o◎)/
お〜右の人最近捕まったよね!
すっかりおじいちゃんだった。
千葉県警もなかなかユーモアだな。
きたきた、つむっちも渡るべ。
アドバイザー砂糖さんへのサービスショット(笑)
さて、家に着くのは何時になるのか、まぁいいでしょう。
のんびり帰ろう。
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