川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

(2017年6月に散歩)

 

女性からすると遊郭などは単なる風俗ではないかと言われそう。
でも、そこに何か文化・芸術を感じます。

 

江戸時代は吉原に大名も通ったといいます。
吉原の女性はなかなか相手をせず、大名はあの手、この手で口説いたとか。

 

色街や遊郭は、ここが色街であり、遊郭であることをわからせる
サインがあったようです。

 

男がみればピンとくるそのサインが、通りの雰囲気が建築様式に
反映されます。

 

さてさて、その痕跡を楽しみましょう。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

今回は地元川越です。
え、川越に遊郭があったの?って地元の人にも言われます。
この喜多院の裏にあったんです。
さて、散歩がてら、かつての遊郭の痕跡をみてみましょう!

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

こんな街中にも老舗がひょっこりあるものです。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

うなぎですな、どじょうもあんのか。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

急に日が出ましたね、実は後日改めて散歩しまして。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

気になるな〜凝ったアンテナ?

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

ここは遊郭のあと、天ぷら屋さんやってたんだ。
たぶんもうやってないね。
ここよく通るけどやっているのをみたっことがない。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

お〜川越のお墨付きですな。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

あ〜遊郭ですね。
2階から街を見下ろしたんだろうな〜。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

こういう角度すきですわ。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

さてさてここを散歩しましょう。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

あ〜見事な遊郭。
2階から服を直しながら下界を見下ろしたい(妄想)

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

花か、遊郭だけに奥が深いな・・・。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

さて、この遊郭跡が現在飲食店に様変わりしててね。
今回はここで・・・。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

うなぎでしょ。
美味かった。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

一階のこのあたりに受付があったのかな〜。
そして二階に案内されたのだろうか、ふとそんなことをイメージしちゃうね。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

あ〜ここも遊郭ですね。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

ここも老舗の遊郭だったとのこと。
というのはここでおばあちゃんがいて話しかけられまして。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

この入り口をいったい何人の男がくぐり抜けたのか。
そして女性が見送ったんだろうな〜。

 

「お兄さん、ここは遊郭だっただよ、遊郭ってわかるかい?」
「わかりますよ」
「夜は賑やかでね、義理人情にあついお姉さんがいっぱいいたんだよ」
「子供ははいってくるなってよくおこられてねぇ〜」
「へ〜そんなにお店がたくさんあったですか」
「この前の一般住宅、今は普通の住宅で佐々木さんでしょ」
「昔は佐々木屋っていう遊郭だったんだよ」
「え〜そうなんですか!!その子孫が住んでいるわけですね」
「お兄さん、また詳しく教えてあげるから今度そこのキャバレーにおいで」
「大丈夫だよ、こんなばばぁだけじゃなくてちゃんと若いのいるからイヒヒヒ・・・」

 

あのおばあちゃん元気だろうか。

 

川越 喜多院の裏にあった遊郭を散歩

 

通りにでてきました。
この寺社風の入り口は遊郭でよくあるのですが、遊郭は今も昔も
通りから1、2本はいったところにあるもの。
たぶん、この店は遊郭ではないかな〜。

 

ということで川越の遊郭跡でした。

関連ページ

洲崎パラダイスの遊郭跡地を散歩
洲崎パラダイスの遊郭跡地を散歩します。洲崎パラダイスという遊郭は明治にはいってから根津あたりの遊郭が、東京大学建設拡張で引っ越しを強いられたものです。洲崎パラダイスの遊郭跡地をオリジナル写真で紹介します。